憲法記念日の5月3日。「時代は変わった」と、憲法改正に向けて号令が響く。かつて国民の命が国旗の下に使い捨てられた歴史を思えば、権力を縛り個人の尊厳を守る防波堤としての憲法の意義は重い。主イエス語る「羊飼い」の姿は、戦争の時代に幅を効かせる全体主義と対極にある個人の尊厳重視だ。100匹のうち1匹が迷えば、残る99匹を置いてでも見つけるまで捜し歩く。効率や数の論理ではなく、固有名詞を持つ「一人」に執心する姿に聖書の指し示す神の姿が重なる。羊飼いは、迷い疲れ果てた羊を責めず、ただ無言でその肩に担ぎ上げ、周囲を巻き込んで歓喜するのだ。本年度の教会標語は「主の慈しみに運ばれて」(詩編118編1節)。この地で60年の歩みを刻んできた教会も、ひとり一人が主の肩に担がれ、慈しみに運ばれて今日に至っている。「わたしはあなたたちの老いる日まで白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ書49章3節)との約束は変わらない。もはや一歩も動けない時も、主はわれらを背負い、目的地へと運んでくださる。足元が揺らぐ不安な時代だからこそ、決して揺るがない神の肩に全身を預けたい。他者を生かし、平和を求める歩みは、この圧倒的な慈しみの中に生かされているという確信から始まるのである。(2026.5.3)
