『百花繚乱――色を取り戻せ』:ヨハネによる福音書15章10-12節

現代社会を見渡せば、戦争や軍拡の足音が響き、スーパーでも白黒の商品が並び始めた。戦争経験者らは、今の雰囲気が戦前と似通い始めていると懸念を抱く。かつて日本が泥沼の戦争へと突き進んだ時代、街から色が消えたという。「互いに愛し合いなさい」との主イエスの言葉は、固有の色彩を持つ個人の尊厳を侵していく戦争と対極にある。沖縄戦では、本土決戦の捨て石とされ、国家の目的のために多くの民間人が命を落とした。「命どぅ宝」という叫びは、その犠牲と悲劇の中から生まれた平和を希求する言葉である。主イエスは「わたしの愛にとどまりなさい」と繰り返す。この言葉は、暴力や搾取、戦争はやむを得ないという動きに対して、毅然と「NO」と言える強さの源泉だ。愛とは、相手の「固有の色」を認め、それを守り抜くことに他ならない。時代は変わった、と人は言う。だが、決して変えてはならないものがある。それが「互いに愛し合う」という、極めてシンプルで、極めて困難な命令だ。武力なき平和を願う時、「そんな話はお花畑の理想論だ」と揶揄する人がいるかもしれない。しかし、「百花繚乱」という言葉があるように、色とりどりの花が咲き乱れる世界こそが本来のあるべき姿ではないか。一つひとつの命は、単一のモノクロではない。同じ白であっても、200種類以上の白があると言われるように、ひとつ、一つに代えのきかない尊厳と美しさがある。「お花畑!」。実に多様な色に満ちた平和の景色、こんな素敵な世界を作り出す理想を、容易に手放すべきではない。あなたという「色」が失われず、また相手の「色」も尊ばれるとき、われらは連帯し、見事なグラデーションをこの世界に示すことができるのだ。