『恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに』:詩編106編1節

詩編106編は、輝かしい成功ではなく、失敗と背信の歴史を描きながら、それでも神が民を見捨てられなかったことを賛美している。人は移ろいやすい。熱心であったかと思えば冷め、忠実であったかと思えば迷い、時には神に背を向ける。しかし神は違う。人間の不誠実を超えてなお誠実であり続け、約束を決して捨てることはない。この告白は、教会の歩みにも重なる。1966年の宣教開始以来、ボートライト宣教師夫妻の働き、教会設立、牧師の交代、新会堂建築、東日本大震災での避難所としての役割、そしてコロナ下における礼拝の継続、病いや別れなど多くの困難があった。しかし主は恵みをもって、ひとつ一つの必要を備え、今日まで守り導いてくださった。60年前の定礎式で納められたタイムカプセルには、「私たちが一本の釘の役目でも果たせたら幸いだ」と記されたカードが残されていた。建物の目立つ部分ではなく、見えない場所で建物を支える一本の釘。この精神は、目に見えないところで奉仕を支える一人ひとりの祈りや働きとして、現在も継承されている。『主は恵み深く、慈しみはとこしえに。』この告白を胸に、神の変わらぬ愛に支えられながら、これからもこの地で福音を証ししていきたい。」2026.7.12)