『マリアの賛歌』ルカによる福音書2章39-56節 

クリスマスシーズン、街中でもBGMで讃美歌が流れている。2021年の流行語大賞で「う◯せ◯わ」というフレーズを連呼する歌がヒットした。相手を否定し、排斥するような言葉だが、コロナ自粛などによる日頃の鬱憤を代弁する役割を果たしたのかも知れない、という。一方、「讃美歌」の内容は人を誹謗中傷するような言葉は見当たらない。その内容はほぼ神へ感謝や賛美である。受胎告知の後マリアが賛美したとされる詩の形式は当時の伝統では革命的だと言われる。かつて何度も外国の進撃により侵略、支配されて来た歴史を持つユダヤ。マリアの育った「ナザレ」でもローマ帝国の武力のもとで虐殺が起こった(ユダヤ戦記)。旧約時代の詩には神に敵の滅亡を祈願する伝統が見受けられる(詩編63:10以下等)。だが、マリアの賛歌では憎しみや呪い、神に報復を願う言葉がない。自己評価の低い彼女はただ、神がいかに自分に対して、大いなることをなされたかその恵みを知り、小さき者にも目を注ぎ続けてくださる神を喜び、全存在からほめたたえるのだ。傲慢な権力者たちの不正や搾取、差別や憎しみが渦巻く世にあって、自分の境遇を呪ったり、報復を呼び掛けたりするのでもない。ルカによる福音書では、大きく歴史が転換する時期に、社会的権利や自由を奪われて差別を受けているような無力な者たちが、神の偉大な働きのために必要不可欠な要人となる物語を伝えているように思う。世の中を変えるのは、地位ある権力者とは限らない。小さくされた者が、神への賛美が世界を変えていく。神を喜ぶ者には、人間の力では到底断ち切ることのできない負の連鎖、悲しみや憂い、絶望、不満や憎しみさえも退くほどの恵みが及んでくる。わが魂よ、主を崇め、救い主を喜び讃えよ。(2021.12.12)

2021.12.12(日)礼拝講壇花 by Ishimaru