『見方が変わると世界が変わる~“何を見るか”ではなく、“どう見るか”』:ルカ11章33–36節

銀杏並木の紅葉。光が当たる場所と影になる場所で美しいグラデーションが見られる。同じ太陽でも、光の角度が変わると世界の見え方が違ってくる。人の心もまた、どんな光の下で見るかによって物事の価値観は変わる。イエスは「あなたの体のともし火は目である」と言われた。心の窓が曇るとすべてが暗く見えることがある。光が足りないのではない、どう見るかで意味は変わる。発明王エジソンは電球に光を灯すために延々と失敗を繰り返した。しかし彼は「私は失敗したわけではない。上手くいかない方法を1万通り見つけただけ」と語った。同じ現象を見ながら、見方を変えることで、挫折が学びに変わる。見方を変えることで、失敗が発見に変わる。何を見るかではなく、どう見るかである。C.S.ルイスは「私はキリスト教を信じる。それは太陽が昇ったことを信じるのと同じだ。その光によってあらゆるものが見えるからだ」と語った。神の言葉をともし火として、愛と真理の光によって見るとき、日常が輝きを取り戻す。イエスは光を探せとは言われない。信仰は外側の状況を変えようとする力、内なる眼差しの刷新である。光はすでにあなたの内にある。秋の光が優しく角度を変えて大地を煌めかすように、見方が変わると見える世界も変わる。(2025.11.9)