『あなたは誰の声に聞くのか〜今日も明日も、その次の日も』:ルカによる福音書13章31−35節

エルサレムを目指し、十字架という受難の道へ向かう主イエスのもとに、ある声が届いた。「ここを立ち去りなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしている」。ヘロデとは当時のガリラヤの領主、すでに洗礼者ヨハネを処刑した人物である。権力は時に暴力を伴う。ゆえに危険を避け、安全を選べ――それはもっともらしく聞こえる声だ。だが主イエスは言う。「あの狐にこう言いなさい。見よ、私は今日も明日も悪霊を追い出し、病人を癒す」。権力者を「狐」と呼んだのは象徴的だ。狡猾ではあっても、百獣の王でもなければ、歴史の主人でもない。権力者は時を支配するかにみえる。だが人を癒し、赦し、立ち上がらせる神の国の働き、神の時を止めることはできない。われらは日々、多くの「声」に囲まれている。ニュースの声、世間の声、結果を急かす声、不安を煽る声。どれももっともらしく、自らの判断を揺らす。世界が揺れ、 戦火が続き、未来が見えにくい時代。朝ドラ「ばけばけ」の主題歌ではないが、毎日難儀なことばかりでも、日に日に世界が悪くなるような「声」を聞く時も、人は隣にいつもいてくれる存在がいる限り 生きていける。そこに希望がある。あなたの隣には、今日も明日も、その次の日も共に歩まれる主がおられる。われらは誰の声に従うのか。主イエスは権力の脅しや恐れの声にではなく、父なる神の「声」に聞き従って歩まれた。十字架の先に復活があったように、 従順の先に命がある。人の目に隠れていても神の国のわざは着実に救いと希望に向かって進む。われらはそこに招かれている。主の声に心を澄ませよう。今日も明日も、その次の日も。(2026.3.1(日)