牧師紹介 Profile


 田中 信矢 Shinya TANAKA

 

 1969年熊本生まれ札幌育ち。放送大学教養学部、元(株)銀座コスモ天地堂札幌エスタ店勤務。会社員時代に神の愛に気づきキリストの伝道者を志す。日本福音宣教会アンデレ宣教神学院卒、Shepherd University(LA)大学院神学部卒。

日本バプテスト連盟札幌新生キリスト教会牧師を経て南光台キリスト教会8代目牧師に就任。妻と子(2人)の4人家族。

 


礼拝メッセージ(牧師コラム)「先週の説教から」

【『平和をつくりだす人たちは幸いである。』マタイによる福音書5章9節】

「朝鮮独立運動などに身をささげた韓国人しか埋葬されない共同墓地(韓国:忘憂里)に今も大切に葬られている日本人がいる。山梨出身のクリスチャン、浅川巧(1891-1931)だ。墓碑には「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」とある。▼巧は兄の伯教と共に日本の植民地となった朝鮮に渡り、地元の伝統陶器を研究しその価値を広めた。当時民族に対する偏見が強い中、巧は朝鮮の人たちの暮らしや文化に深い尊敬を抱き、朝鮮語を学び彼らと共に生活した。朝鮮服を愛して普段着ていたことから日本人から受ける侮辱も経験した。やがて彼の生き方は朝鮮民族の心を開き、固い絆で結ばれて行く。▼巧は自然を愛し、当時伐採により禿山となっていた朝鮮の山々の緑化に尽力し、生涯をささげた。働いて得た僅かな収入も現地の貧しい子らに寄付して学校に通わせた。浅川巧は40歳で天に召されたが、葬儀には村人たちが老若男女問わずかけつけ、競って棺を担がせてほしいと願い出たという。高校の英語の教科書にも「韓国と日本の友情を種まいた人物(A Sower)」として紹介され、映画化もされた。▼浅川巧は、国家間の政治情勢を超え、偏見や先入観を持たずに相手の習慣や文化に関心を持ち、お互いの良いところを知り、好きになることから真の親善が生まれることを行動で示し平和をつくりだした。     <2019/8/11「平和礼拝」牧師コラム/先週の説教より


【『学問のすゝめと信仰のすゝめ』出エジプト記20章12−17節】

「学問のすゝめ」で有名な福澤諭吉。彼は自分の子らに「ひびのおしえ(日々の教え)」を与えた。その第二編にある6つの掟は聖書の十戒がベースになっていると言わざるを得ない。第一に「神(ゴッド)なる創造主を畏れ敬い、その心に従うべきこと」が教えられている。彼は禁教令が解かれていない時代、キリスト教宣教師を慶應義塾の教壇に立たせるだけではなく、子らの家庭教師として雇い、自宅の隣に宣教師を住まわせ懇意にしている。諭吉はキリスト教徒とはならなかったが、長男の一太郎は米国留学をしてキリスト教徒となり、次女の俊も洗礼を受け、四女の滝はキリスト者となってYWCAの会長を務めた。信者でない福澤諭吉の教えは、本人の預かり知らぬところで不思議にも「信仰のすゝめ」となり、実を結んだことになる。一時期はキリスト教を排撃する立場の教育者であったが、晩年、新聞の社説にてかつてキリスト教を排斥したことは誤りであったと自己批判をし、日本もキリスト教のような宗教の必要性を説いた(1884.6.6.7「時事新報」)。キリスト者津田梅子の父、津田仙は諭吉を「キリスト教の友」と呼んでいる。 <2019/8/4牧師コラム/先週の説教より


千代(仙台)に及ぶ慈しみ』申命記5章11節 】2019.7.28(日)

 十戒の第二戒は「偶像」を造ることの戒めである。「どういう意味かわかる?」とT君(小学校4年生)に聞くと、「神さまはいつも一緒だって意味さ」と解答。脱帽である。偶像を祀ることは場所が限定されるばかりではなく、ともすれば個人のみならず、結局子々孫々背負わされる事にもなり得る。聖書の示す真の神はわれらと共におられ、われらを背負われるお方(イザヤ46:3-7)だ。▼この戒めは、神を愛する者には、幾千代に及ぶ慈しみが約束されている。伊達政宗は一時期であるがキリスト教を推奨した。以降、神の慈しみは時代を超え今もこの地にも及んでいる。押川方義はわが国初のプロテスタント教会を組織した一人であるが、牧師、教育者として仙台の東北学院、宮城学院を創立し、幾多もの学生に影響を与えた。▼長男は大河ドラマ「いだてん」に登場する押川春浪で、かつて夏目漱石と人気を二分した日本初のSF小説家である。次男の押川清に至っては、日本プロ野球創設者として野球殿堂入りをしている。神の慈しみは多岐に及ぶのだ。▼今、この教会に置かれているわれらも神の恵み、慈しみのもとにある。この地域に、この国に神の恵みが広がる事を信じたい。    <2019/7/28牧師コラム/先週の説教より


【『今日を精一杯生きて』詩編118:24】2019.7.14(日)    

 朝や夕方、大量発生する小さな虫をご存知であろう。網戸をすり抜け、油断すると口の中にも侵入する。多種ある中、例えば「ユリスカ」や「チビクロバネキノコバエ」は僅か0.5mm、大きくても2mm程度。不快害虫と言われるが毒性もなく無害なため、とりたてて対策はなされない。おそらく蚊より弱く、虫の中でも最弱だ。不明な点は多いが、一説によればその寿命は34時間の種もあるという。人間が手を出さずともたった1日にも満たない生命を精一杯生きているのだ。▼「蝉のように(作:齋藤虹太)」という詩を紹介したい。

「蝉は成虫になると

 一週間しか生きられない

 その一週間で 

 精一杯 鳴く

 力強く 鳴く

 楽しく 鳴く

 蝉は僕らに教えている

 たとえまだ

 前に希望が見えなくても 

 その時を

 今を

 精一杯生きろ

 力強く生きろ

 楽しく生きろ と」

 (八乙女中学校文集「こだま」64号掲載作品)

100歳寿命と言われるが、人生は長いようで短い。今日、精一杯に神を愛し、今日、精一杯に目の前にいる生命を愛し、慈しみたいものだ。精一杯力強く、精一杯優しく、そして精一杯楽しく。

<2019/7/14牧師コラム/先週の説教から「今日を精一杯生きて」>


【『偉大なる神』2019/7/7(日) 詩編127:1

  南光台教会は710日、宣教開始53周年を迎えた。最近、老後の年金以外に2000万円が必要だという試算が公表され物議を醸しているが、この教会はあるアメリカ人女性が老後のための私財を「仙台での宣教のために」とささげられた献金が呼び水となって多くの方がたの祈りが結集し、この地に建てられた。11年前には新会堂が建築され、震災を経験し、無牧師を経て今がある。▼「偉大な神さま」この言葉は初代牧師C.Sボートライト先生がよく語られたようである。これまで紆余曲折がありながらも、神がこの教会を守り、導いて来られた。更にこれからも先立ち、伴い、背後にて支えてくださるはずに違いない。私たちの信じる神は、偉大な神であり、そして万事を益とされるお方である(ローマ8:28)。▼教会は人間の計画や知恵、力によらず、ただ神の選びとご計画によってのみ築かれるものである。神のご計画でなければこの教会は世に存在すらしていない。ゆえに今ここに在る人も、神のご計画のうちに選ばれ、集められたといえよう。これから加えられる人も然りである。▼どんなに立派な功績といえども、神ご自身によらなければ、それはむなしい(詩編127:1)。教会は今後も変わることのない主と共に歩み続ける。神のみ心であれば必ず道は開かれ、必要は満たされ、希望が絶たれることはないと信じる。私たち自身の力が乏しくとも、私たちと共におられる神が偉大であれば、それで良いのだ。

<南光台キリスト教会宣教開始53周年記念礼拝>


  「連続殺傷事件、相次ぐ事故を受けて〜神は何をしておられるのか」2019/6/30(日)

:歴代誌下36章11−17節 

「地獄耳」があるなら「天国耳」もあるのかな?辞書を手に娘の疑問。母親曰く「神さまのみ言葉をよく聞く人じゃない?」「あ、そうか」と娘は納得。▼昨今、相次いで痛ましい殺傷事件、事故が頻発している。悪が暴走するこの状況下、神は一体何をしておられるのだろうか。南ユダ王国滅亡の危機が迫っていた時代、悪しき道を歩むゼデキヤ王に神は預言者エレミヤを通して語り続けておられた。王も国民も自分たちは滅びるはずないと心奢っていた。神は憐れみをもって繰り返し正しい道に立ち帰るよう何度も天からの使者を送り働いておられたが、彼らは聞く耳をもたずに剛情になって神の言葉を拒み続けるのであった。自らの意志で救いを拒否し続ける者をどうして救えよう。彼らはついに滅びに至る・・。▼大事故を起こしたドライバーの多くは、事故前に似たようなケースでヒヤリとする出来事が何度かあったと証言する。だが、注意を怠り続けた矢先に大事故に・・。かつて秋葉原連続殺傷事件の加害者は、犯行前の行動をネットの掲示板に書き込んでいた。「使う予定の道路が封鎖中とか。やっぱり、全てが俺の邪魔をする・・」(6時10:掲示板書より)本人は邪魔でも私はそれが悪事を思いとどまらせるように働く出来事、涙を流して必死に働く天の声に思えてならない。▼私たちはどうであろうか。「なすべき善はすでに心に告げられている」と預言者ミカは言う(ミカ6:8)。心を静めてへりくだり、神の語り掛けに聞き従う「天国耳」を求めずにはいられない。

<2019/6/30礼拝説教要約> 


沖縄命どぅ宝の日 2019/6/23(日) 聖書:マタイによる福音書26章52節   

 623日は「沖縄命どぅ宝(命こそ宝の意)の日」です。74年前、沖縄では約20万人の人たちが戦争で亡くなりました。今でも国の約7割に及ぶ米軍基地が沖縄に押し付けられています。綺麗な海には民意に反して基地が強引に作られ、広く青い空からはいつ軍機が落下するかわからない脅威にさらされています。兵士による女性への暴力事件も起こっています。/混雑する車内で足を踏まれる苦痛は、踏んでしまっている者に伝わりません。私たちは沖縄の人たちの足を踏んだまま、平和な生活を続けているのではないでしょうか。「すべて剣をとる者は剣にて亡ぶ。基地をもつ国は基地で亡び、核を持つ国は核で亡ぶ」(伊江村「ヌチドゥタカラの家」の正門に刻まれている言葉)沖縄の平和はわたしたちの平和に直結します。

2019/6/23(日)牧師コラム/先週の説教から



南光台教会 歴代牧師

 

1.196667年  C・S・ボートライト宣教師

2.196769年  ラルフ・本城宣教師

3.196971年  C・S・ボートライト宣教師

4.197276年  小櫻俊治牧師

5.197677年  仙台教会副牧師 庄司眞牧師

  197793年  庄司眞牧師

6.199398年   濱野道雄牧師

7.19982015年 井形英絵牧師

  (20153月〜20163 無牧師)

8.20164月~  田中信矢牧師