『沈黙は賛美に』:ルカによる福音書1章57−66節

「幸いだ。神の言葉が実現すると信じた人は」(ルカ1:55)とマリアを祝福するエリザベト。一方、夫である祭司ザカリアは、神の言葉が信じられない状況において、信じざるを得ない状況に置かれる。即ち、「口が利けなくなる」(ルカ1:20)という神の言葉が自分の身に実現したのだ。以来彼は、神の言葉の実現の時まで沈黙の中を過ごした。それは自分の人生を意のままに生きるのではなく、静まって神にすべて委ねる生き方、神の言葉にのみ心を向け、神を賛美する姿勢を整えた。家父長社会という聖書の時代、ルカ福音書では立場が逆転して男性が鳴りを顰め、女性たちの信仰や活躍に焦点があてられている。男性が沈黙させられ、社会的に沈黙させられていた女性たちが口を開いてよい言葉を交わし合い、神への賛美をささげている。神の言葉の通り、男児を出産したエリザベト。命名にあたっては父親が決定権を持つ伝統の中、女性であり母親となったエリザベトが「ヨハネ」と名付ける意思が表明される。女性の意見が通ることのない時代において、男性が女性の意見に賛同するという、これまでの伝統が崩されている。しかしその瞬間、ザカリヤは口が利けるようになり、神を賛美しはじめるのだ。本書では男性社会の伝統に対し、差別の中に苦しむ「はしため(奴隷)」のような人々の解放が告げられる。大きく歴史が動く転換期に、普段は表に出ない、むしろ社会的には見下されている人々を登場させ、偉大な神の働きのために必要不可欠な人物とされる物語を伝える。この世に平和をもたらすのは世の権力者とは限らない。小さな存在が、神への賛美が、世界を変えていくのだ。(2024.5.12)