『大いなる喜び』:ルカによる福音書2章1−12節

詩人で画家の星野富弘さんの葬儀が前橋キリスト教会で執り行われた。星野さんは体育教師となって2ヶ月後、部活指導中の事故で首の骨を折り、24歳の若さで肩から下の一切の機能を失った。絶望の果てに出会ったキリストの言葉に救われた彼は、口に筆をくわえ78歳の生涯を終えるまで多くの人々に慰めと希望を与える作品を残した。彼は、どんな境遇や悲惨な状況のなかにも、幸せや喜びはあるのではないか?と問いつつ、病気や怪我も本来は幸・不幸の性格はもっていない。それを持たせるのは人の先入観や生きる姿勢のあり方ではないか、と手記に綴っている(「愛、深い淵より」p.132-133)。次のような詩がある。「よろこびが集まったよりも 悲しみが集まった方が しあわせに近いような気がする 強いものが集まったよりも 弱いものが集まった方が 真実に近いような気がする しあわせが集まったよりも 不幸せが集まった方が 愛に近いような気がする(星野富弘)」星野さんは1974年、12月のクリスマス礼拝で洗礼(バプテスマ)を受けておられる。彼に生きる希望を与えた救い主の誕生。天使は告げる。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(ルカ2:11)「大いなる喜び」であるイエス・キリストの誕生は、居場所がなく、世の中の末端に追いやられた人たちに真っ先に告げ知らされた。重荷を背負わされて弱くされ、自由を奪われた小さな人たちがキリストのもとに集められた。神がひとり一人のいのちを慈しみ、永遠の愛を与えるために。(2024.5.26)