
80年前、沖縄では4人に1人の命が戦争で奪われた。軍人同士だけではなく一般住民や少年少女たちも巻き込まれた戦慄の地上戦。鬼畜米英を刷り込まれた住民たちは洞窟(ガマ)に隠れた。本土決戦の足止めに捨て石とされた沖縄の住民たちは、日本軍より手榴弾を渡され集団自決を強いられる。軍の命令は絶対であって投降することは許されなかったのだ。ひめゆりの塔では42名の女学生を含む87名の命が絶たれた。約3ヶ月に及ぶ組織的戦いの終結日が6/23。この日は沖縄全線戦没者追悼式が毎年開かれる。「命どぅ宝(ヌチドゥタカラ)」とは、何をおいても「命こそが大切」であるいう意味。沖縄で反戦平和運動のスローガンとして用いられる。かつてドイツのワイゼッカー元大統領は「過去に目を閉ざす者は、結果として現在にも目を閉ざすことになる」と語った。敗戦後80年、わが国では歴史修正主義、歴史捏造主義が登場している。「そんな事実はない」あるいは「歴史が書き換えられている」と公言する議員は沖縄の人たちの心を痛めた。長崎で5歳の時に被曝し、神父となった小崎登明さんの言葉が今も響く。「他人の痛みがわかる人間になることが平和の原点だ」。沖縄では今も戦争が続いている。兵士による女性への暴行事件が絶えず、伊江島では最近も20人分の戦没者の遺骨が見つかった。南西諸島には次々とミサイル基地が配備され、沖縄では実に国全体の74%もの米軍基地が押し付けられている。軍事基地がある以上は日々命の危険に脅かされる。沖縄の平和はわれらの平和。われらは沖縄の痛みを自分たちの事として共に心を痛め、平和をつくる原点に招かれるのだ。