『あなたが在ること〜人間の尊厳と平和』: ルカによる福音書10章10−16節

「この戦争さえなかったら・・愛する国のために死ぬより、わしは愛する人のために生きたい!」(朝ドラ「あんぱん」より)敗戦から八十年、アジア・太平洋戦争で失われた310万もの命。その一人ひとりに名前があり、家族があり、笑顔があり、未来があった。戦争は人を「数」に変え、個人の尊厳を奪う。ルカによる福音書10章で主イエスが厳しく叱責しているのは「個人」ではく、「町々」である。町やムラ特有の価値観や風潮は周囲との同化を求め、個人の声をかき消すことがある。アウシュビッツを生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルは、人の苦しみは他者と同化できないからこそ尊厳の証だと語った。誰にも代わることのできない唯一無二の存在、それが「あなた」である。主イエスは町や群衆のなかに埋もれ、失われていた一人を見出してその名を呼び、愛するために生きられた。聖書は告げる。「あなたはわたしの目に高価で尊い」。平和とは、戦争の不在だけを指すのではない。互いを「役に立つか否か」で量らず、存在そのものをかけがえないものとして受けとめる営みである。どのような背景や状況にあろうと「あなたが在る」こと、他とは異なる「あなた」がいることが尊厳であり、平和の礎であり、主イエスのまなざしなのである。(2025.8.24)